大判例

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東京高等裁判所 昭和36年(ネ)697号・昭36年(ネ)751号 判決

訴外日本化工機株式会社(以下日本化工機と略称する)が昭和二十七年十月頃経営不振に陥つていたこと、同年十二月十六日東京都中央区日本橋江戸橋三丁目一番地なる訴外東京自動車タイヤ販売株式会社(以下東京タイヤと略称する)の事務所で、日本化工機の大口債権者らが集合し、日本化工機の運営について協議した結果、第一審原告に対してさし当り日本化工機の振出手形が不渡になることを防止するための応急資金として金五百万円を融資するよう申出がなされたことさらに翌十七日同所で右債権者らが集合し、第一審原告が右場所に現金三百七十万円を持参したことは、いずれも当事者間に争がない。

第一審原告は、「第一審被告柳本光三は第一審原告から右現金三百七十万円を強取又は窃取したものであつて、右不法行為は同第一審被告が東京タイヤの取締役としてその職務を行うについて悪意でなしたものであるから、同第一審被告は商法第二六六条の三の規定に基いて、第一審原告に対しその損害を賠償する責任がある。」旨主張し、同第一審被告は右現金は訴外山岸清剛が日本化工機の代理人として同会社のために第一審原告から任意且つ平穏に交付を受けたものである旨主張するので、判断する。

証拠を綜合すれば、次の事実を認めることができる。

日本化工機は昭和二十七年十月頃事業不振で多額の債務を負担し倒産の危険に陥つたので、会社の運営について大口債権者らの協力を求めるため、同年十二月十六日大口債権者である東京タイヤの前記事務所に集合することを申し出た。第一審被告らは、それぞれ大口債権者として、右申出に応じて、同日東京タイヤはその代表者として代表取締役である第一審被告柳本を、第一審被告第一興産株式会社(以下第一興産と略称する)はその代表者として、代表取締役である訴外中原茂敏を、第一審被告協和鉄鋼株式会社(以下協和鉄鋼と略称する)はその代表者として代表取締役である第一審被告島田稔を、第一審被告ミナト商事株式会社(以下ミナト商事と略称する)はその代表者として代表取締役である第一審被告柳沢を、第一審被告株式会社山本商店(以下山本商店と略称する)は代理人として社員である第一審被告石田を、第一審被告株式会社本間芳雄商店(以下本間芳雄商店と略称する)はその代表者として代表取締役である第一審被告本間をそれぞれ右集会に出席させ、日本化工機からは代表取締役である訴外山下国雄らが出席して一同協議の結果、日本化工機に対する債権の回収を六ケ月間猶予し、同会社の運営は今後大口債権者のみで管理委員会を設けてこれに当る方針を定めるとともに、さし当り同会社の振出手形が不渡になることを防止するための応急資金として金五百万円を調達することとした。当時第一審原告は、自己が代表取締役をしている訴外有限会社横山工業所が日本化工機に対し取引上の債権を有していた関係で右会合に出席していたところ、右会合に出席していた一同から第一審原告に対し、日本化工機は取引先の訴外東京貿易株式会社(以下東京貿易と略称する)から金五百万円の手形を振り出して貰える当てがあるから、右手形を見返りとして明十七日に右応急資金五百万円を日本化工機に融資してやつて貰いたい旨懇請したので、第一審原告はこれを承諾し、翌十七日東京貿易の社員である訴外加藤芳太郎に対し、上記のような手形が東京貿易から振り出されるかどうかを確めたところ、未定であるとの回答をえた。しかし、同日、前日に引き続いて東京タイヤの前記事務所で日本化工機の大口債権者の集会が開催せられ、第一審被告柳本、島田、柳沢、石田、本間はそれぞれ前日同様各債権者会社を代表又は代理し、また第一審被告堀は第一審被告第一興産を代理して右集会に出席し、第一審原告も、東京貿易が日本化工機のために上記手形を振り出すならば、これを見返りとして日本化工機に融資をする意向で、前日融資を約した金五百万円のうち、調達のできた現金三百七十万円を持参して右集会に出席した。第一審被告柳本は、右集会の席で第一審原告に対し、額面の合計約四百万円の数通の東京タイヤの受取手形を示して、さし当り日本化工機のために金百八十万円の緊急の資金が必要であるから、右手形を担保として融資をして貰いたい旨申出たので、第一審原告は東京貿易振出の上記手形とは別途に、右申出を承諾し、東京タイヤの右受取手形のうち適当と思われる幾通かを選び出し、これに東京タイヤの裏書を求め、裏書がなされたならば、右手形と引換えに現金を交付するつもりで、右裏書のなされるのを待つている間、持参した風呂敷包から現金を出して数え始めたところ、第一審被告柳本の命を受けた東京タイヤの社員山岸清剛が「私も数えましよう」といつて右現金を数え、そのうちの百八十万円を取り出しその場を立ち去ろうとした。第一審原告は、まだ裏書のある上記見返り手形の交付も受けていないのに、右山岸が右現金を持ち去ろうとしたので、これを取り戻そうとして、持参した現金の残金百九十万円を右会合の席上に置いたまま、山岸の跡を追つたが、ついに取り戻せなかつた。その間に、右金百九十万円を右会合の席上に置いたまま、山岸の跡を追つたが、ついに取り戻せなかつた。その間に、右金百九十万円も、同じく第一審被告柳本の命をうけた東京タイヤの社員によつて第一審被告柳本のもとに持ち去られてしまつた。第一審被告柳本は当時日本化工機の管理委員がまだ正式には選任されていなかつたのに、右管理委員が金三百七十万円を預かつた旨の同日附預り証(甲第一号証の一)を訴外増田繁雄に起案させて、これに署名押印し、居合わせた第一審被告堀、石田、島田、本間らにも署名押印又は拇印させたうえ、これを第一原告に対し差し入れて了解を得ようとしたが、拒絶された。第一審原告はさらに弟の訴外横山義文を電話で呼び寄せ、弟とともに第一審被告柳本に対し上記三百七十万円の現金の返還を強く要求したが、第一審被告柳本はこれに応ぜず、翌十八日中に東京貿易の手形を受取り得ない場合は、管理委員会にはかり金三百七十万円を支払う旨の書面(甲第一号証の二)を作成してこれに署名押印し、第一審原告に差し入れて取り繕つておこうとしたが、これまた拒絶された。第一審原告はなんとか現金を取り戻そうとしたが、第一審被告柳本初め上記の第一審被告らも立ち去つたので、やむなく、右各書面を証拠をとつておく趣旨で持ち帰つた。後に判明したところによれば、第一審被告柳本は右金三百七十万円のうち金百八十万円を東京タイヤが日本化工機に融資のため振り出していた小切手の支払に充て、残金百九十万円は日本化工機に引き渡してしまつた。(中略)

上記認定の事実に徴すれば、第一審被告柳本は第一審原告の意思に反してその所有の現金三百七十万円を奪つて、第一審原告に対し右同額の損害を加えたものであり、且つ第一審被告柳本は自己が代表取締役をしている東京タイヤの取引先である日本化工機の経済的危機に際し、東京タイヤを代表して大口の債権者の集会に出席し、日本化工機の倒産を防止し、引いて東京タイヤの債権の保全は図るため種々協議をなし、その結果、日本化工機を救済するための応急の資金に充てるために上記の所為に及んだものであることが明らかであつて、第一審被告柳本が甲第一号証の一、二を第一審原告に差し入れようとした上記認定の経過事実に徴すれば、第一審被告柳本は東京タイヤの取締役としてその職務を行うにつき、第一審原告に対し損害を与えるについて、故意又は少くとも重大な過失があり、よつて上記金三百七十万円の損害を与えたものであるといわなければならない。

(村松 伊藤 山本一)

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